Webの救い
2007年6月号の雑誌「サイゾー」のある座談会記事で、ライターの一人がこんなことを言っているのを目撃しました。
「インターネット使ってる人って実は少ないんだよね」
一瞬唖然としましたが、既成メディア人の意識としては、まあこんなものでしょう。
一方、梅田望夫氏と茂木健一郎氏の対談「フューチャリスト宣言」には、梅田氏が慶應義塾普通部で講演した内容が収録されていますが、その中で梅田氏は中学生にこんな質問をする。
「インターネット使っている人は手を挙げて」
そうすると、「ほとんど全員」が手を挙げるんですね。
これが、現状というものだろうと。
「子供がインターネットでいろいろな情報にアクセスするのはけしからん!」という意見はあるし、まあごもっともかもしれないが、ぼくはいいことだと思っています。
というのも、インターネットがない場合、子どもが生活の中で知り合える人の数って…相当社交的な子でもせいぜい100人くらいだろうと。学校、部活、塾などをあわせてもです。
すると、たとえば、100人に一人くらいの稀有な個性を持った子は、似たようなやつを見つけることがどうしたって難しい。孤独を感じ、卑屈になることもあるでしょう。
Webの世界では、1%以下のマイノリティでも、容易に自分に近い人間を見つけることができる。これは希望であり、救いだろうな、と思うんです。
もちろん、周りがどうあれ、自分で自分を肯定できるような強い子はいいのだけど、多くの子供にとって大切なのは、他者による承認でしょう。大人でも同じかもしれないが。
ちなみに、ぼくの場合、結構変わった子供だったと思いますが、「承認」を得るために、本を読むしかなかった。純文学作家の苦悩に触れる中で、癒しを感じていました。が、同年代の子はそんな本読まないんで、余計孤独が深まる結果ももたらされました。
大体、小説家というのは1%どころではない、突出して「変な人たち」なわけで、その人の書いたものとシンクロする自分はどうなんだろう?とか。
先日書いたマリリンマンソンの話じゃないが、よろしくない影響も多分に受けたと思います。それも劇薬みたいな強烈な影響を。
あるいはコンプレックスの裏返しで異様な特別意識を持ってしまったり…。
そもそも自分の感覚にあう作家を見つけるのも大変だった。
Webでは、まあ仮想とはいえ、生身の人間とやりとりができるし、ほどほどのマイノリティと接しられる。インタラクションしなくても、「自分と近い意見」を目撃するのは簡単で、そのことによって容易に承認を得られる。
これはいいよな、と思います。
もちろん、マイナスの面はありますが、問題は対策して解決すればいいこと。
プラスの側面もきちんと評価して発展させていきたいな、と思う。
繰り返しますが、
「インターネット使っている人は手を挙げて」
と質問すると、ほとんどの子が手を挙げる。
そういう時代です。
「インターネット使ってる人って実は少ないんだよね」なんて言っている暇があったら、今まで蓄積してきた知恵をインターネットという新しいメディアの中でどう展開するか少しは考えてみろよと、既成メディア側の人間に言いたくなりました。
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